熊本地方裁判所 昭和39年(む)17号 判決 1964年2月05日
被疑者 荒木茂則 外一名
決 定
(被疑者氏名略)
右の者等に対する詐欺被疑事件につき、熊本地方裁判所裁判官が昭和三九年二月三日になした検察官の接見禁止等請求に対する却下決定に対し、熊本地方検察庁検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件準抗告を棄却する。
理由
本件準抗告の理由は別紙(第一)準抗告申立書写記載のとおりであるところ、一件記録によれば、被疑者両名は昭和三九年二月三日に別紙(第二)記載の被疑事実に基き、それぞれ刑事訴訟法第六〇条第二号、第三号の事由ありとして勾留され、同日検察官より熊本地方裁判所裁判官に対し罪証隠滅の虞あるを事由として各被疑者につき接見禁止等の請求がなされたが、同裁判所裁判官は、被疑者等が勾留中であるにも拘らず、なお罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がないとして、その各請求を却下したことが認められる。
よつて右記録を検討するに
被疑者両名は司法警察員に対する取調に際しては当初より一貫して本件被疑事実を殆んど全面的に認め、被害者井島明及び松本吉行の各供述と殆んど合致する自供をなし、これらの詳細な各供述調書が作成されているが、検察官に事件送致がなされて初めて被疑者荒木茂則においてその犯意を否定するに至り「山林を種に騙取つたのではなく、自分が経営している荒牧歯科材料店の経営状態を帳簿で説明し、支店長等の店に対する信用を得たうえで借りたもの」(検察官に対する弁解録取書)、「自分は人吉の山を買つて売ると言つた、本件の一五〇万円は担保をつけ正式の手続をとつて借りたもので騙した覚えはない」(勾留質問の際の裁判官に対する陳述調書)旨述べており、同被疑者は昭和三二年頃横領罪で懲役一年、三年間執行猶予の判決を、同三六年一二月頃業務上横領罪で懲役二年、四年間執行猶予の判決を受けており、現在執行猶予中のものであること、被疑者塩野谷豊の検察官に対する供述調書及び勾留質問の際の裁判官に対する陳述調書には「荒木から頼まれて支店長宅に電話をかけ、荒木が山林を持つていることをほのめかして預金を自分の方にも廻してくれと言つた。自分は図面を支店長等に示したことはない」旨の各供述記載があることが認められ、同記載をもつては同被疑者が本件被疑事実を否認するに及んだかどうか直ちに断定できないが、仮りに否認の態度に出たものであるとしても、被疑者等が否認した一事をもつて直ちに接見禁止等の処分の必要が生ずるものではなく、前記のような供述経過や前科の有無にて更に強力な罪証隠滅防止対策の要あるものとは即断できない。
次に、本件の一五〇万円騙取に際し、被疑者荒木茂則は長崎相互銀行から三〇〇万円の貸付を受け、その中から一五〇万円を同銀行に預金する形式をとつて、貸付を受ける際の保証人として、同被疑者の本妻荒木貴美子と永松健一なるものを立てており、右両名に対する取調未了のため、同被疑者が右両名に無断で保証人に立てたものかどうか、更に同人等の資産状況も不明であり、同被疑者の経営する荒牧歯科材料店の実際の資産状態も不確実であること、また右被疑者が本件欺罔手段として被害者等に示した山林の写真、図面等の出所である江島忍については一応司法警察員の供述調書が作成されているが、該山林の所有者と目されている坂口実義については捜査未了であること、以上の各参考人について未だ検察官の取調とその調書作成が行われていないこと等が認められるが、前記保証人等が仮りに真実の保証人であり、しかも資力を備えているとしても、本件被疑事実の欺罔手段方法からして、事案の成否に何ら消長を来すものとは考えられず、このことは被疑者に例え資力ありとしても同じ事理のものといわねばならない、また山林の真の所有者と通謀することは、前記写真、図面等の領置の事実に加えてその取引金額の高額で期日の切迫している点等からして事実上可能性の薄いことであり、従つてこれらの参考人についての検察官面前調書が作成されておらないからといつて接見禁止等をなすべき必要性があるとはいえない。
更に、検察官が憂慮するところの、被害者側の井島支店長が自己について背任等の容疑で捜査を受けるのを免れるために架空担保を顕出する等被疑者等と口裏を合わせる虞については、本件記録上同支店長が被疑者等の欺罔によつて錯誤に陥り、同銀行のために預金獲得を望むの余り、稍軽率に貸付を実施したことは認めうるが、自己又は他人の利益を図り又は本人に損害を加うる目的を以つてこれをなしたことを疑わしめる資料は何等存せず、従つて同支店長がその背任容疑について捜査を受ける虞が存するかどうかが明らかでないところ、同支店長等の司法警察員に対する詳細な数度に亘る供述内容やその提出に係る一件書類の存在並びに本件が銀行取引として一旦帳簿に登載されている事案からして、仮に、同人等が右容疑等で捜査を受ける虞ありとしてその捜査を受けるのを免れることを図つたとしても、極めて困難であり、又検察官として右策動を封ずるためには右貸付に関する銀行備付の書類を確保する等容易な方途が存することを考えると、勾留に加えて更に接見禁止をなすべき必要があるものとは認められない。
しかして被疑者等に余罪の罪証隠滅の虞あることをもつて勾留の理由は勿論接見禁止等の理由となすことを許されないことは今更説明するまでもないところであつて、以上の全事実を綜合して考えても、本件事案については被疑者両名の身柄を拘束することによつてその罪証隠滅防止の目的は達せられ、なお接見禁止等までの措置を講ずる要は現段階において見当らないといわねばならず、その他全資料を検討しても前記裁判官のなした本件接見禁止等請求の却下裁判をもつて違法または不当となすべき事由は発見できないから、結局本件準抗告は理由がないものとして刑事訴訟法第四三五条、第四二六条第一項により主文のとおり決定する。
(裁判官 安東勝 岡田安雄 土井仁臣)
別紙(第一)
準抗告申立書
詐欺 荒木茂則
塩野谷豊
右の者らに対する頭書被疑事件につき昭和三九年二月二日検察官がなした接見禁止等請求に対し同月三日熊本地方裁判所裁判官亀岡幹雄より同請求を却下する旨の決定がなされたが右決定は左記理由の通り不相当と思料されるので検察官請求の通り接見禁止の裁判ありたく右決定の変更を請求する。
昭和三九年二月三日
熊本地方検察庁
検察官 検事 友野弘
熊本地方裁判所殿
記
一、本件は勾留請求書記載の如く、長崎相互銀行熊本支店長井島明外一名に対し、他人所有の山林を自己所有の如く装い、時価七千万円の山林を売却するが売却代金を同銀行に預金する旨申し向けてその旨誤信させ現金一五〇万円を騙取したもので司法警察員に対する取調べに関し、被害者井島明はほぼこれに沿う供述をしており、被疑者らもその外面的自供をなしているものである。
二、ところが被疑者らは検察庁に身柄を送致されるや態度を翻えし、被疑者荒木は、「私が経営している荒牧歯科商店の経営状態を帳簿で説明し、支店長(井島)に対する信用を得て借りたものである」旨否認し、被疑者塩野谷は「被疑者荒木に頼まれて同被疑者が山林を持つている旨ほのめかした程度である」旨否認を始めた。更に裁判所における勾留尋問の際には、被疑者荒木は山林の話の出た事実は認めながらも、一五〇万円の現金は正当な手続を踏み担保を提供して借りた旨陳述し、被疑者塩野谷は被疑者荒木に頼まれて預金を廻してくれと支店長に電話した事がある旨陳述している、これらの供述経過を被疑者荒木が昭和三六年一二月八日に業務上横領により熊本地裁に於て懲役二年に処せられた上四年間執行を猶予され現在右猶予中である事と合せて考慮すれば未だ検察官が取調をする前に犯行を否認し且つ証拠を隠滅して処罰を逃れようと企てている事は明白である
三、しかるに
(1) 右長崎相互銀行から一五〇万円を騙取するに際し被疑者らは三〇〇万円の貸付を受けその中から一五〇万円を同銀行に預金する形式をとり貸付を受ける際の保証人として被疑者荒木の妻荒木貴美子及び荒牧歯科商店の使用人永松健一を立てた、この二人に対する取調は未だ終了しておらず従つて被疑者が無断でこれらを保証人に立てたのか実際に承諾を得て保証人に立てたのか不明であるばかりでなく同人らの資産状況及び荒牧商店の実際の資産状況も不明である。
(2) 騙取した一五〇万円は右銀行が被疑者らに償還させているものであるところ支店長井島は自己が無担保貸付に関する背任容疑で捜査を受ける事を極度に恐れ既に実害を填補されている事から事後にもつともらしく担保を設定した如き形跡を作る危険がある。
(3) 不動産ブローカーの江島については一応司法警察員が取調べたところではあるが、本件山林の所有者と目される坂口については捜査未了である。
(4) 以上の重要参考人となるべきものらに関しては全て検察官が詳細な取調をしこれを検面調書に作成する必要があるものであるところ、その取調は全て未了である。
四、本件は単に右犯罪事実についてのみに止まらず捜査の結果によつては預金等に係わる不当契約の取締に関する法律違反として右被疑者ら及び井島を立件し得る可能性のあるもので同人らに対する一層の取調を要するものである。
五、被疑者らは本件被害金の償還について九州相互銀行熊本支店から他人の土地家屋を勝手に担保に供し、なかば恐喝的に金六〇〇万円を貸付名下に騙取した疑があり鋭意捜査中のものであるが、これらは本件の情状に関しても重要な影響を持つものである。
六、かようにして本件は裏付捜査の未了、被疑者らの詳細な取調べ未了、これらに対する検面調書作成未了等証拠の収集が極めて不完全であるところ、これらの参考人等の接見や物の授受が自由に放任されたのでは口裏を合わせて重要証拠を隠滅し架空の証拠を作成する等の手段により真実を歪曲するであろうことは明白である今此処で考えられるだけでも列挙すれば、
(1) 預金等に係わる不当契約の取締に関する法律違反として井島が処罰をされないよう口裏を合わせる事。
(2) 保証人と計つて資産が相当に存在するように見せかける事。
(3) 井島と計つて架空担保を顕出する事。
(4) 江島、坂口らと計つて相当な価値のある山林の売買契約が締結済である如く見せかける事。
(5) 余罪に関する証拠を隠滅する事。
等であり1乃至4の内一つでも達成されれば犯意の立証は不可能であり5の隠滅があれば情状に影響し求刑が適正に行われ得ないものである。
七、以上の理由により却下理由はいずれも根拠がないものと考えられる従つてすみやかに被疑者らと他の者、特に前記参考人たるべき者との間に接見や物の授受は禁止されるべきものと思料する。
別紙(第二)
犯罪事実
被疑者荒木茂則、同塩野谷豊の両名は共謀の上他人所有の山林を種に金を騙取しようと企て昭和三十八年十二月十日頃熊本市仲間町六十二番地荒牧歯科材料店において熊本市相撲町十三番地所在の株式会社長崎相互銀行熊本支店長井島明及び同支店渉外係松本吉行の両名に対し、さきに熊本市二本木町三六四番地山林業江島忍より借り受けていた坂口実義所有の山林の図面や写真を示し同人より右山林を買受けた事実がないのに「大分県に時価七千万円の山林を持つている、今年十二月末にその売買をするからその時は手付金が壱千万円、残金は三月末までに六千万円入金になる、その時はお宅に預金するから」と虚構の事実を申向け更に翌十一日頃前記銀行に至り同人等に対し「今月末壱千万円の手付金が入金になつたら支払うから三百万円融資をしてもらいたい、そのうち百五十万円は貴銀行に定期預金をしておくから」と言葉巧に申向け、その旨誤信した同銀行支店長井島明より同年同月十三日前記荒牧歯科材料店において貸付金名下に現金百五十万円の交付をうけ之を騙取したものである。